2012年 5月

和久田さん
宮津市で初めて、遠隔地からの農業志望者を受け入れた農家があります。宮津まごころ市 副組合長の和久田智司さん、54歳。「若い人を受け入れるのは大変。でも、ようきばっとる(頑張っている)みたい」と笑って話す和久田さんは、一体どういう思いで受け入れをされたのでしょうか。

あるきっかけで、22歳から農業を始める

海・里・山すべてが集まる宮津の地では、小規模農家が多く、他地域の人を受け入れるのは想像よりもずっと大変なことです。11棟のハウスを持つ和久田さんは、宮津の中でも比較的規模の大きい農家さん。農業歴32年のベテランで、実に22歳の頃からこの道に携わっていることになります。

お父さんは農家でしたが、始めから農家を目指していた訳ではなく、農業をするのは40を超えたくらいからかな?と考えていたそうです。しかし、お母さんが怪我をされたことがきっかけで、早くからこの道へ。現在は奥さんと二人で広い農地を管理されています。

「結果的に、早くから農業を初めてよかったなぁ、とは思います。本当に40代から始めていたら、出来んやろうなあ。体力的に。」

若いうちに農業関係の仲間が増えたのも大きい、と話す和久田さん。1市4町で結成された青年農業士の会「若狭会」に加入し、交流をしてきたそうです。今でもその仲間との交流があり、色々と助けてもらっている、と話します。

農薬を減らし、環境にやさしい農業へ

「昔は農薬を使うこと自体、あまり厳しくなかった。でも農薬は減らそうかという考えが出てきて。」

現在和久田さんは、限界まで農薬を用いず、有機肥料を用いる方針で野菜を育てています。「持続性の高い農業生産方式」を推進する農業者が認定される「エコファーマー」にも登録され、人の体や環境に優しい農業を進めておられます。

昔からこういった方式をとっていた訳ではなく、最も大きな理由は、お子さんがアトピーだったことから。当時農薬への規制はあまりなかったそうですが、徐々に農薬を減らしていく方針へ切り替えて行きました。

宮津市初「常時受け入れ」の大変さ

そんな和久田さんが若き農業者を受け入れたのは、昨年の9月からのことです。「まあ、できるかなと思ったけど」と笑って話しながら、その大変さも語ってくださいました。

「言ったことはだいたい理解してもらえるので、教えることに苦はない。けど、経済的にも色々支援が必要だし、こちらの生活も変わって自由がきかないので、そのあたりは大変です」

和久田さんはこれまでも農大生や普及センターの新人普及員さんを受け入れたりする中で、農業を教えてきました。しかしこれまでの受け入れは短期間だけのこと。常時受け入れるということは大きく違っていたそうです。

「それでも半年間やってみて、僕も体が慣れてきました。その子も今はある程度独り立ちして、教えたことをきばって(頑張って)しとるみたい。朝早うから、夜遅うまで。も、こっちがきばらんでいいよ、言うくらい」


農業者の常時受け入れを引き受けたのは、宮津市では和久田さんが初めてのこと。受け入れ側が大きく気を使うことなので、なかなか難しいのです。しかし和久田さんは、農業者の高齢化、休耕田の増加などの深刻な問題を解決しようと、立ち上がりました。

「宮津の農業の活性化に、ちょっとでもなればと思って。とりあえず、近辺の人よりも、他府県から受け入れたかった、という想いです。宮津の人口も減ってきているし、そういうのがいいんじゃないかなと」

宮津市の支援センターにも「他府県の人でないと受け入れない」と強い意志を示されたそうです。

鮮度が大切 地産地消の安心安全

和久田さんは「宮津まごころ市」について、どんな想いを持っておられるのでしょうか。

「雨降りでも冬でも関係なく野菜を売る場所ができる、それが実現して、僕はうれしかったですね。最初は施設が出来るなんて話になって、うそやろ〜!そんなぽんぽこ、できるわけないやろ、というのが本音でした。でも、市の方がほんまに出来るで〜と」

宮津まごころ市という常設の販売施設ができたことで、流通の問題も改善していきました。取り扱い農産物も増えてきたので、お客さんにも色々と買い物を楽しんでもらえると思う、と和久田さんは話します。

「他府県の野菜も、農薬付けのものは作ってないと思います。けど、遠地もんは届く迄に一日二日かかるので、収穫してすぐに店に並ぶほうがいいし、鮮度のいい野菜を食べてもらいたい。安心安全で食べてもらえることになるし、そういった意味でも地産地消は大事だと思います。」

農業者の受け入れと、地産地消。地域の人口問題や農家の高齢化、食の安心安全など、地域課題を解決しようとする背景には、すべて「地域」というキーワードがありました。地域貢献を具体的な行動に移すというのは、きっとこういうことなのだろうと感じます。